●ネプテューン
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古代ローマの水神ネプトゥヌスのこと。ローマ人によるギリシア文化受容が明白な例である。すなわち,元来は泉や河川・湖沼の神であったが,のちにギリシアのポセイドンと同一視されて海神とみなされるようになった。また,古い祈祷文ではネプトゥヌスとサラチアが対であげられているが,これは泉水の湧出を意味する salire の派生語で,のちになるとポセイドンにおけるテティスのようにネプトゥヌスの妻として海の女神とみなされるようになった。年代的にみると,ポセイドン崇拝は意外に早く前4世紀初頭にはローマに輸入されていたようである。前399年の疫病流行に際して,ローマの人々は神々に食事を供して加護を祈ったが,アポロとラトナ,ヘルクルスとディアナと並んでメルクリウスとネプトゥヌスの名が唱えられた。ここで商業神と並置されたネプトゥヌスは,明らかに古来の陸水の神ではなく,航海の守護神ポセイドンと同一視されるべきものである。それゆえ,おそらく前5世紀後半にローマが海外貿易に進出するようになったとき,ギリシア植民市タラス(タレントゥム)からポセイドン崇拝が導入され,在来のネプトゥヌスと結合したものと考えられる。ネプトゥヌスの祭はネプトゥナリア(水神祭)と呼ばれ,7月23日,盛夏の最も旱魃の時期に催された。この日,人々はウンブラエ umbrae(原義は“日蔭”であるが,“青葉を葺いた小屋”のこと)を建て,涼しい日蔭で客を接待し娯楽に興じた。この祭は非常に人気があったらしく,農耕暦に組み入れられて紀元後も永らく行われた。