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●ネフスキー

NIS諸国 ロシア連邦 AD1892 ロシア帝国

 1892〜1945? モスクワ公国ヤロスラウリ市に生まれ,ペテルブルグ大学東洋語学部に学び,1913年に2カ月間日本滞在。1915年再来日し,ロシア革命勃発により滞在期間が延び1929年に帰国。レニングラード大学などで日本語を教え西夏語の研究を進めたが,1937年突然逮捕され,1945年に死亡したと発表された。滞日の初期に中山太郎を通じ柳田国男・折口信夫・金田一京助らに接し,佐々木喜善と東北地方のオシラ様などの調査をしている。1919年小樽高商に転じ,日本の古俗は列島の周縁に残存するとの前提で,アイヌ語と沖縄県宮古島方言に研究を広げ,筑前琵琶の名取り萬谷イソと結婚した。1922年大阪外国語学校に赴任し,沖縄宮古島へ旅行し・民話・古語・子供の遊戯に関する報告・論考を残している。台湾ツォウ族の調査も行ない,帰国後生活慣習にもふれた『ツォウ語方言資料』(露文)にまとめられている。この間,北京を訪れて西夏語の資料を入手し,浅井・石浜純太郎らと王国維にちなんだ静安学社をおこした。帰国の理由もレニングラードのアジア博物館に保存されている西夏語資料を利用して研究をつづけることにあったと想像されている。