●ネブカドネザル2世 ネブカドネザルにせい
AD
?〜前562 新バビロニア王国の王(在位前605〜前562)。同王国の建設者ナボポラッサルの子。まだ王子の身であった前605年、ユーフラテス上流河畔のカルケミシュでエジプト王ネコ2世を破ったが、父王の死により帰国して即位。彼の時代に新バビロニア王国は最盛期を現出し、シリア・パレスチナをも勢力範囲とした。前586年彼に背いたユダ王国を滅ぼし、住民をニップール付近に強制移動させた(バビロン補囚)。メディア王国とは父王以来の友好関係を保ち、メディアの王女アミティスを妃に迎え、またメディア王とリュディア王の争いに仲裁役を買って出て、ハリュス川を境として両者のあいだに講和を結ばせた(前585)。ネブカドネザルはまた首都バビロンを、古バビロニア王国のハンムラビ王時代の盛時に復させるため、壮麗な神殿や宮殿・聖塔でこの都市を飾り、往時の偉観を取り戻させた。彼が復興した市神マルドゥクの神殿、王妃アミティスのために造ったと伝えられる「懸空庭園」は有名である。こうしてバビロンは彼の治世に見事に復興され、商工業も盛んとなり、オリエントの政治・経済・文化の一大中心として栄えた。ハンムラビ王の古典時代に対して、この時代はバビロニア文化のルネサンス時代とも呼ばれる。