●ネパール戦争 ネパールせんそう
ヨーロッパ 英国 AD1814 ハノーヴァー・ウィンザー朝
1814〜16年に行われたネパール-イギリス間の戦争,グルカ戦争ともいう。1768年ネパールの諸王国を征服,建国したグルカ軍は,1792年の清国との衝突で北進拡大を阻まれると転じて西方へ進出,積極的に南下政策をとりテライ地帯にも軍を進めた。このため1787年以来イギリスとのあいだにしばしば生じていた国境紛争は1801年ラクナウ条約以降一段と激化した。1814年10月イギリスは宣戦布告,苦戦ののちにネパールを屈服させた。戦局はサガウリ条約(1816年3月)の調印をもって終結し,ネパールは西部クマオン・ガルワールおよび南部テライ地帯を失地,ほぼ今日の領域に撤退した。また首都カトマンズにイギリス駐在官の設置を要求され,その外交をイギリスに委ねることを余儀なくされた。のちセポイの反乱(1857)が勃発するとネパールの宰相ジャン=バハドゥール=ラナは精鋭なグルカ軍を派兵,その鎮圧に協力した。以後グルカ軍はインド陸軍の重要な一翼となった。