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●ネストリウス派 ネストリウスは

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 コンスタンティノープル総大司教(在位428〜431)のネストリオス(?〜451ごろ)のキリスト論を支持する教派。アンティオキア学派の流れをくむネストリオスは,マリアはキリストの人性のみの母であり,せいぜい“キリストの母”というべきで“神の母”と呼ぶことに反対した。これが端緒となってキリストの位格をめぐる論争に巻き込まれ,431年のエフェソス公会議で異端と断罪され,上エジプトに追放されてそこで没した。ネストリオスの説の同調者ははじめエデッサ,ついでササン朝ペルシアに逃れて,ニシビスとセレウキア=クテシフォンを中心に独自の教会活動を行った。イスラームの支配下でも活動が許され,インド・トルキスタンをへて唐代初期の中国にも布教し,そこでは景教と呼ばれた。その最盛期(13世紀中ごろ)には,バクダードに移った総大主教のもとに首都大主教27と主教約230を数えたが,14世紀末のティムールの遠征と迫害で急速に衰微した。現在,イラク北部に8万,南インドに7,000人の信者がいるとされる。