50音順    検 索

●沼間守一 ぬまもりかず

アジア 日本 AD1843 江戸時代

 1843〜90(天保14〜明治23)明治初期の官僚・政治家。幕臣高梨仙太夫の第2子として江戸に生まれ,沼間平六郎の養子となる。杉原心斎に漢学を学び,1853年(嘉永6)長崎に赴き英学を学ぶ。1861年(文久1)横浜でヘボンに就学。1865年(慶応1)幕府陸軍伝習所に入り,1868年(明治1)に歩兵奉行並に進む。戊辰戦争では会津・庄内と転戦する。1871年(明治4)廃藩置県に際して横浜で両替商になった。翌1872年(明治5)井上馨に招かれて大蔵省に出仕し,司法省に転じて同年ヨーロッパに派遣された。翌年帰国,法律講義会を設立したが,これが民権結社の一つ,嚶鳴社となった。1875年(明治8)元老院権大書記官となる。のち官を辞し,1879年(明治12)東京横浜毎日新聞社の社長となり,また東京府会議員として,自由党創設に参画した。しかし沼間は1882年(明治15)成立した立憲改進党に入党した。同年,東京府会議長となったが,のち病で没した。