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●奴婢 ぬひ

アジア 日本 AD 

 日本古代において賤民の最下層に位置づけられていた。奴婢には公奴婢(くぬひ)・私奴婢(しぬひ)の別がある。奴は男の奴隷,婢は女の奴隷の意であるが,その数はそれほど多くはなかったと考えられている。奴婢と区別される家人は,一応家族構成を許され,所有者が駆使することができたが,〈頭ヲ尽シテ駆使スルコトヲ得ザレ〉(「戸令」)と明記されるように,家人の家族全員を使役することは認められなかった。それに対し,奴婢は家族をもつこともできず,婚姻も同じ奴婢間にしか認められずそのあいだに生まれた子は生母に付せられて奴婢とされ,主人の駆使にあまんじなければならなかった。これはすでに645年(大化1)の「男女の法」に規定されるところであった。ただ公奴婢は,66歳以上または廃疾者となった場合は,官戸となり,76歳以上になれば,放賤従良されて良民となることが規定されていた(「戸令」)。公奴婢は毎年正月に戸籍を2通つくり,1通は太政官,1通は官奴司に提出され,支配されていた。『政治要略』によれば,延喜年間に新格をもって奴婢の身分をいっさい廃止したとされている。

〔参考文献〕滝川政次郎『日本奴隷経済史』