●糠塚 ぬかづか
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昔,長者が捨てた多量の糠が塚になったという,全国的に広く分布する伝説。高知市にある伝説は宇賀の長者の倉米の糠を積んで丘としたものだという。この長者は伊勢参りに行き,神宮の建物が自分の家の牛小屋にも及ばないと豪語したが,その帰途,遠くに大火事が見え,これほどの火事はわが家のほかにあるまいと観念して帰って来ると,果たして廃墟となっていたという。『播磨国風土記』にも,伊和(いわ)大神と天日桙(あまのひぼこ)命という2神が戦ったとき,伊和大神の軍勢が打寄って籾を搗き,その糠が丘となったということが,糠岡という地名の由来として記されている。以前,米は籾のままで保存され,必要なときにそのつど搗いて,その糠は塚にして積んでおく風習があったので,大きな糠の塚は祭などの大事件があったことの記念であった。そして,とくに記念すべきものは,糠が土や石となって後世まで長く残るのだと想像したのが,このような伝説となったと考えられる。