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●仁和寺 にんなじ

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 『徒然草』の1節,〈仁和寺の法師〉の説話的印象が強いため訪れる人の,文化財に接する距離が遠い憾みがある。金堂は応仁の乱で荒廃したままの寺域復興をめざした徳川家光の事業により,皇居の旧紫宸殿を賜わって移築,上棟した文化史上貴重な建造物。また,鳥羽・伏見の戦いの後,討幕軍大総督小松宮は本寺最後の門跡法親王であり,当時官軍に正式の旗印がなく,仁和寺霊明殿にかかる錦の垂れ幕を急拠,仮軍旗に用いた。〈宮さん宮さん‥‥〉の東征軍歌に謳われた〈お馬の前でヒラヒラする〉“錦の御旗”は仁和寺ゆかりのもの。京都市にある真言宗御室派大本山。御室御所ともいい,歴代法親王が門跡となってきた格式をもつ。その寺名は光孝天皇が企画しながら病没して果たせなかった,発願時の886(仁和2)に由来する。遺志を継ぎ寺堂を整えたのは宇多天皇である(888)。天皇はまた寺の南に庵室を設けたゆえに御室の呼称が生まれた。境域200余本の厚物の桜はつとに著名。京都人の愉しみの一つとなっている。