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●ニュージーランドの政党 ニュージーランドのせいとう

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ニュージーランド国民党】 労働党と並んでニュージーランド2大政党の一つ。1936年改革党と統一党(かつての自由党)が合体して誕生した。世界恐慌下,1930年代の経済状況は悪化の一途をたどり,国民所得の激減,10%を超える失業率,さらに対外債務の拡大がみられた。改革・統一両党の保守連立政権は1935年の選挙で労働党に敗北し,これをきっかけとして両党は保守合同に踏み切り,名前も国民党とした。以来,政権の担当は3度(1949〜57,1960〜72,1975〜84)。党の政策は企業活動に対し政府の介入や規制を極小化し,工業化を推進することで,都市部の中間層と地方農民を支持層とした。第二次世界大戦後一貫して親米政策をとり,アンザス条約の締結・アメリカ資本の導入による産業振興に力を入れる。1960年代には天然資源開発を積極化。1975年に登場したマルドーン政権は重工業振興による経済の活性化をはかり,酪農品の輸出では日本を重視するとともに,オーストラリアと経済緊密化協定を結んで両国経済の一体化をはかった。だが世界経済の不況とインフレの前に,マルドーンは1984年選挙でロンギ労働党に敗れた。

ニュージーランド労働党】 国民党とともにニュージーランドの2大政党の一つ。労働組合を組織母体として1910年に誕生し,労働条件の改善,平等社会・高福祉社会の実現,基幹産業の国有化をめざす。1929年の世界恐慌を契機として党支持者が増え,1935年には初めて政権を獲得した。以後1949年まで長期政権を樹立し,このあいだに福祉国家としての諸制度(年金・家族手当の支給,公営住宅の建設,医療保険の整備,マオリの地位向上)が形成された。1957年〜60年のナッシュ政権,1972年〜75年のカークおよびローリング政権,1984年7月にはロンギ政権がそれぞれ誕生している。戦後の政権交代のパターンは,ナッシュ政権をのぞき時期的にはオーストラリアと非常に似ている。フランスによるムルロア環礁での核実験に強く反対しつづけ,またロンギ政権下では核兵器搭載または核推進のアメリカ艦艇の入港を拒否するなど,いままでになく南太平洋の非核化に積極的となり,アンザス条約に物議をかもしだした。