●日本労働総同盟 にほんろうどうそうどうめい
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略称は総同盟。1912年(大正1)8月に鈴木文治らにより結成された友愛会がその前身である。友愛会は第一次世界大戦を機に組織を飛躍的に拡大し,1919年(大正8)9月,大日本労働総同盟友愛会と改称。翌1920年(大正9)には大日本労働総同盟,1921年(大正10)10月には日本労働総同盟と名称を変更した。この間,サンジカリズムの影響を受けて,戦闘的労働組合として,労働運動の中心勢力となった。関東大震災前後,組合内部で共産主義者と社会民主主義者とが激しく対立して,1925年(大正14)5月,左派は分裂して日本労働組合評議会を結成した。翌1926年(大正15)には麻生久らの中間派が日本労働組合同盟を結成。さらに1929年(昭和4)9月には分裂がおこり脱退派は日本労働組合全国同盟を結成した。1936年(昭和11)1月,総同盟は中間派の統一した全国労働組合同盟(全労)と合同して全日本労働総同盟(全総)を結成した。1939年(昭和14)に旧総同盟派と旧全労派に再び分裂,産業報国運動の強化で1940年(昭和15)解散。