●日本橋魚市場 にほんばしうおいちば
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江戸は目本橋小田原町に設けられた魚市場。1616年(元和2)魚商助五郎が本小田原で魚商を営むうち,鮮魚の需要が年々高まってゆくのを見て,漁師と契約して幕府や武家に売り捌いたのが発端で,彼は「御菜七ケ浦」をはじめとする関東から東海地方の漁場の仕入・販売権を獲得し,ここに魚会所が設けられ,幕府献上魚の上納も請負った。また江戸の拡大に伴って,江戸周辺の漁獲物のうち,鮪や鰯などを除いて高級魚は「公儀御用」の名目で日本橋魚市場に集荷され,銚子からも水運と馬背輸送によって送られている。1674年(延宝2),武蔵・相模13カ村の者が日本橋魚市場の市場独占に対抗して,本材木町に「新肴場」を開き,ここに出荷する漁村は31カ所に及びのちには幕府献上魚を小田原町と折半するに至った。
日本橋魚市場は,1922年(大正12)の関東大震災の後,築地に移転して,現在に至っている。
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