●日本の専売事業 にほんのせんばいじぎょう
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国が物の製造(栽培・加工)販売を独占して営む事業を専売事業という。専売事業から得られる利益から専売納付金が国の一般会計に納められる。わが国では,現在,日本専売公社がたばこ・塩,ほかにアルコール専売事業特別会計がアルコール,あへん特別会計があへんについておのおの専売事業を行っているが,財政収入をあげることをおもな目的としているのは,たばこ専売事業である。【公社成立前史】1949年(昭和24)大蔵省専売局からたばこ・塩・樟脳(しょうのう)の専売事業を引き継いで設立されたのが,日本専売公社である。わが国で,最初の専売の対象となったのはたばこの完全専売制度で,1904年(明治37)のことである。塩専売は翌1905年,たばこにひきつづき実施されたが,当初の財政収入寄与の予想がはずれたことから,国内産業の保護・育成を目標とする公益専売制度に1918年(大正7)に切り換えられて今日にいたっている。樟脳専売の場合は,当時の植民地である台湾における樟脳を栽培する資本家保護・育成および同植民地統治上の財源として,その専売が行われたため,本土の専売制度より早く,1899年(明治32)に台湾で,まず専売制を敷き,1903年に本土と共通の専売制度が施行されることになった。しかし,太平洋戦争後の植民地の喪失を機として,その存続の必要性はまったくなくなり,1962年(昭和37)度末をもって廃止された。現在,専売制度はたばこ専売がその中心となっている。
【たばこ専売制の成立】わが国で初めてたばこに課税されたのは,1875年(明治8)10月の「煙草税則」により翌年1月1日より施行された。これはアメリカのたばこ税に範をとったものとみられ,たばこ売買業者に営業税を,製造たばこに印紙税を課すものであった。しかし,当時のたばこ耕作者は零細で,しかも自家用を目的とする場合が多かった。そのうえ,刻(きざみ)は自家製造が可能であり,脱税を防止して所期の税収を確保することは困難であった。しかし,日清戦争とともに日本の飛躍的発展に伴う戦後経営のため,財源不足をまかなうため増税計画が立てられた。葉たばこ専売という方法でたばこ税を確保しようとしたのである。葉煙草専売法が1886年(明治29)に議会を通過し1888年施行されたが,この法令は消滅するまでの10年間に7回の法律改正が行われた。注目すべき点は,耕作に対する規制が強化されたことで,営業者の資格を制限したり罰則を強化したが,税収の上で発展がみられず,製造販売を断行する以外に方法が残されていなかった。
【煙草専売法の断行】これを促進したのはアメリカ=タバコ=トラストの進出および日露戦争に伴う財政需要の膨張であった。アメリカ=タバコ=トラストは日米半額出資で株式会社村井兄弟商会を設立したが,この会社は短時日のうちに国内市場を制圧する勢いとなった。この権益が強大になる前に,製造専売を断行しなければ,国内零細業者も,圧迫を受けることになる。しかし,決定的契機は,日露戦争の勃発に伴う戦費調達という至上命令であり,業者は生業を奪うものとして反対したが,煙草専売事業は,第20回帝国議会を通過,1904年(明治37)4月1日公布された。煙草専売法の第1条〜第6条は次の通りである。〈第一条
煙草ノ製造ハ政府ニ専属ス,第二条 煙草ハ政府及政府ノ命ヲ受ケタル者ニ非サレハ之ヲ輸入スルコトヲ得ス,第三条 煙草ハ政府ノ許可ヲ受ケタル者ニ非サレハ之ヲ耕作スルコトヲ得ス,第四条 煙草耕作者ノ収穫シタル葉煙草ハ政府之ヲ収納ス,第五条 煙草ノ耕作区域ハ政府之ヲ定ム,第六条 政府ハ毎年耕作スヘキ煙草ノ種類,耕作段別及葉煙草,賠償価格ヲ定メ予メ之ヲ公示ス〉これは葉煙草専売法原案の要点,葉たばこ耕作者はその収穫にかかる葉たばこをすべて政府に売り渡さなければならない,政府はそれに対して,あらかじめ公告された代金を交付する,耕作を希望する者は免許を受けなければならない等が生かされている。
【たばこの耕作】専売制度施行前のたばこの種類は多数にあがり,指導の機構も整備されていなかったが,葉たばこの品質向上と収穫の確保をめざしてしだいに指導が及んだ。とくに専売法公布の翌年,秦野試験場で改良揚床育苗法が創案され,早作と健苗の育成と均斉化が奨励されるとともに,なたね油かすを主肥とする耕作法の確立は,葉たばこの生産を安定的なものとした。もっとも,太平洋戦時下から敗戦直後までは品質を追求することは周囲の環境からできず,ひたすら量目の確保を目標とし,1947,48年(昭和22,23)両年度については,増産報償制度を採用したが,1950年(昭和25)からは品質向上を主軸とする耕作指導に戻った。煙草専売法も数次の改正(耕作の許可制,耕作の種類・面積・地域の制限,葉たばこ葉数査定制度の改廃,たばこ災害補償制度の創設等)・奨励金交付(耕作奨励,乾燥室建設・耕作面積増加奨励,増産報奨等)なども次々に実施され,耕作者団体の組織化を促し,これら団体へも交付金交付制度を適用した。
【たばこの専売】製造たばこの販売を政府が行うことは,専売法の規定にもとづく「煙草売捌規定」によって,同時に規定された。そして,販売機構は政府のたばこ売渡機関としての販売官署,そこからたばこを買い受け小売人に売り渡す卸売機関である元売捌人,そして小売人の3段階からなっていた。元売捌人と小売人の兼業は禁止し,元売捌人の営業所は一人1カ所とするなど制限を設けた。政府は製造たばこの引き渡しは代金納付後に行うが運搬の費用は一定割合で政府負担とした。もっとも元売捌人の製造たばこ買受代金の延納制度も設けられた。販売制度の移り変わりのうち1909年(明治42)7月と1931年7月の2回大きな変革が認められる。後者は元売捌人を廃止して,政府が小売人に対して製造たばこを直接売り渡す販売直営制を行った。一方,政府は製造した「敷島」以下の口付4種のたばこの価格を,従来の民製品より約20%高いところに置いた。なお製品は刻(きざみ)時代・口付たばこ時代・両切たばこ時代が,おのおの明治・大正・昭和の時代にあてはまる。
【日本専売公社の成立】専売事業は政府直営事業として創始以来50年を経過し大蔵省専売局に属したが,敗戦後,大転換が到来した。すなわち,専売局がその時点でもっていたたばこ・塩・樟脳・アルコールをそのまま公共企業体とする案が1948年(昭和23)11月11日,第3国会に提案されたのである。日本専売公社・日本国有鉄道の各法案が,ここに通過した。その事業の国家性にもとづき,団体交渉権は認め,争議権は認められないことになり,別に公共企業体労働関係法案も翌第4国会で成立した。1949年(昭和24)4月1日(のち6月1日に延期)に日本専売公社は成立した。このあいだ,専売事業審議会が8回開催されて,各事業について報告している。まず,たばこ専売事業については,専売の目的は財政で益金の額は昭和23年度国家財政の23%に当たり,塩専売事業については,製造は私企業でその塩を政府が買い入れ,それを元売捌人に売り渡すが,塩は重要食料であり,各々専売制維持が必要である。樟脳専売事業については,樟脳は日本樟脳製造会社において第1次の製造をなし,これを政府が一手に買い取り,樟脳は同会社にその精製を委託して精製品とし,樟脳油は香料会社に売り渡すものである。アルコール専売事業については,一部は政府が製造し,一部は民間が行い,民間会社で製造したアルコールは政府がすべて買い上げ,政府のそれとともに酒精産業会社およびアルコール興業会社に譲渡して消費者に販売するものであり,消費税の関係から維持することが適当である,とした。
【公社発足以降】原料葉たばこの生産は1956年(昭和31)に適地適産主義の推進により,ようやく安定し,かくて耕作者に対し葉数査定から量目査定に移行させ,心理的負担を軽減し,たばこ製造も外国葉の輸入で品質向上し,公社が直接,消費者に働きかける販売促進もみられ,民営化の動きもみられる。
〔参考文献〕日本専売公社『たばこ専売史』1〜4巻,1964