●日本人町 にほんじんまち
アジア 日本 AD
日本町ともいう。16〜17世紀に南方各地につくられた日本人が居住した地である。朱印船貿易の発展によって日本から多数の日本人が商人・兵士・船員・奴隷として南方諸地域へ渡り,貿易港付近に定着して日本人の町を形成した。鎖国後は日本人の海外渡航が全面禁止となったため自然消滅した。日本町形成の理由として一つは日本人らが異国の地にあって自己防衛の必要から集合したこと,二つには外国の官僚が日本人統制の便のために集住させたと考えられる。交趾のツーラン・フェフォ,シャムのアユタヤ,マニラ付近のジイラオ・サンミゲル,カンボジアのプノンペン・ビニヤルーなどがあげられる。このほか日本人居住地としてバタビア・マラッカがあげられる。【山田長政】(?〜1630)は駿河の人。通称仁左衛門。シャムに渡りアユタヤの日本町の頭領となり,のち国王の信任を得て王女と結婚。六崑(リゴール)太守となったが,太泥(パタニ)との戦いで負傷し,シャム人によって毒殺された。