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●日本国憲法 にほんこくけんぽう

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 憲法とは,国家存立の基本的条件を定めた根本法である。すなわち国の統治権・根本的な機関・作用の大原則を定めた基礎法で,他の法律・命令をもって変更することを許さぬ国の最高法規である。成文憲法として欽定憲法であった,前の大日本帝国憲法は,1889年(明治22)2月11日に発布され,それから58年間わが国の最高法規であったが,1945年(昭和20)8月14日の御前会議でポツダム宣言。受諾を回答して連合国に降伏し,翌8月15日,天皇が正午を期し“終戦”の詔勅放送を行って太平洋戦争を終結したのち,1946年(昭和21)11月3日,これまでの帝国憲法(明治憲法)を全面的に改正した,現行の日本国憲法が公布され,翌1947年(昭和22)5月3日から施行された。この5月3日は「憲法記念日」として,国民の祝日の一つとなり,日本国憲法の施行を記念する日とされた。日本国憲法は,民主主義・国民主権主義基本的人権尊重主義・平和主義の原則にもとづいており,前文および11章103条からなっている。

【日本国憲法の制定】日本全体が飢えとショックで混乱・虚脱状態に陥っており,敗戦ボケの禍中にさまよいつづけていたとき,日本の占領管理に専念していた連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は,憲法改正の緊急必要性を,日本政府にむかって示唆した。連合国総司令部から憲法改正の必要なことの示唆を直接に受けた幣原喜重郎首相と近衛文磨元首相は,幣原は内閣の,近衛は内大臣府の,憲法改正のための調査活動の準備から,画期的な行動を始めた。幣原と近衛とは両者対立していたが,1945年11月末に,内大臣府が廃止されるようになったので,近衛文磨と佐々木惣一博士は,めいめいの改正案を上奏した。その後も活動を継続していた日本政府の憲法改正問題調査委員会が1946年2月1日に報告した試案は,前の明治憲法にだいぶ近い憲法案であった。これでは困ると思った総司令部から,1946年2月13日に,日本政府に対して,もっと前進的な憲法改正の参考案が手交された。一般にこれを「マッカーサー草案」という。この草案にもとづいて,ときの幣原内閣はさっそく,政府の憲法改正草案要綱を作って,1946年3月6日に公表した。この重要な憲法改正案を慎重に審議するため,第22回衆議院総選挙(男女平等による初選挙)が1946年4月10日に施行され,その結果,新しい衆議院が誕生し,第90帝国議会が成立した。日本の戦後の方向を決定する憲法改正案は,第90帝国議会において,慎重かつ十分に審議されたのち,日本国憲法(新憲法)として認められ,1946年11月3日に公布され,翌1947年5月3日に,施行された。連合国総司令部の指導が,憲法成立の背景にあった事実は明白であるが,日本国民の側にも日本国憲法の制定を喜び歓迎する心もちが存在していた。

【日本国憲法の内容と特色】主権者としての国民がこの憲法を作ったため,第1に,国民を代表する国会が国権の最高機関として規定され,第2に,前述のような最高機関である国会の立法によっても,犯すことのできない権利としての,「国民の基本的人権の保障」が規定されている。基本的人権のうちでは,経済的自由権としての居住の移転・職業選択の自由財産権などと,社会権すなわち社会的問題に対応する生存権・労働基本権などが公認されるとともに,現今社会のきわめて基本的な権利である言論・出版・集会・結社の自由などの表現の自由,良心・信教の自由などのような精神の自由が認められている。〈第19条 思想及び良心の自由は,これを侵してはならない。第20条[1]信教の自由は,何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も,国から特権を受け,又は政治上の権利を行使してはならない。[2]何人も,宗教上の行為,祝典,儀式又は行事に参加することを強制されない。[3]国およびその機関は,宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。第21条[1]集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する。[2]検閲は,これをしてはならない。通信の秘密は,これを侵してはならない。第22条 何人も,公共の福祉に反しない限り,居住,移転及び職業選択の自由を有する〉(日本国憲法)。人間精神の自由の保障や人間的生存の保障などが完全に実現されるため,イギリス型の議院内閣制の形で,国会に基礎をおく政府が公認されている。〈国会は,国権の最高機関であって,国の唯一の立法機関である〉(日本国憲法第41条)。国会は,衆議院および参議院の両議院で構成されている。もしも政府機関などが基本的人権を尊重しないで,これを侵害する行為を行ったときには,最高裁判所にはこれを違憲行為とする権限が与えられている。〈最高裁判所は,一切の法律,命令,規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である〉(日本国憲法第81条)。日本国憲法のなかで,ことさらに大切なのは,第2章の「戦争の放棄」の規定である。これについて第9条は,次のように厳粛に述べている。〈[1]日本国民は,正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し,国権の発動たる戦争と,武力による威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄する。[2]前項の目的を達するため,陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない。国の交戦権は,これを認めない〉(日本国憲法第9条)。 この戦争放棄の前提は,前文に述べられている〈平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼する〉からであって,もしこれら信頼感が喪失すれば,日本国憲法は存在できなくなる。憲法改正論が一部にあるが,戦争で浄化された日本国民の〈恒久の平和を念願し,人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚する〉という思想と心が,日本国憲法の強い支持力となっている。

【憲法改正】〈[1]この憲法の改正は,各議院の総議員の3分の2以上の賛成で,国会が,これを発議し,国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には,特別の国民投票又は国会の定める選挙の際,行われる投票において,その過半数の賛成を必要とする。[2]憲法改正について前項の承認を経たときは,天皇は,国民の名で,この憲法と一体を成すものとして,直ちにこれを公布する〉(日本国憲法第96条)と規定されている。現在,憲法改正についての議論は,さまざまな立場から論じられている。すなわち,[1]いまの日本国憲法は,敗戦直後,日本の占領管理を行っていた連合国総司令部(GHQ)から,憲法改正の必要を示唆された結果,できあがったものであるから,再検討すべきであるという説も一部にあるし,また[2]今日のように世界各地で局地的紛争が絶えない国際状勢に対して,第9条の戦争の放棄の理想はたしかに貴重な存在ではあるが,現実にあわないのではないかという説。[3]日本国憲法第3章の「国民の権利及び義務」のなかにある,基本的人権の保証が心なき一部の人々によって乱用されている心配はないだろうか,という説などいろいろである。これらさまざまな憲法改正論に対する説のほかに,もちろん,憲法改正の必要はなく,現行の憲法を守り育てるべきだという国民世論も非常に強力で多数意見を占めている。しかも通説としては,憲法改正権には限界があるとされている。その限界の広狭いろいろの範囲についても,やはり各説が存在しているが,なんといっても,現行憲法の基礎というべき前文のなかの〈ここに主権が国民に存することを宣言し,この憲法を確定する〉(憲法前文)と,第1条のなかの,〈この(注・天皇の)地位は,主権の存する日本国民の総意に基く〉(日本国憲法第1条)を,第96条の手続きで改正することはできないというのが,通説である。

〔参考文献〕中島陽一郎『新憲法縦横』1948,雄山閣