●ニーブール
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1776 ハプスブルク朝
1776〜1831 ドイツの古代史家・政治家。コペンハーゲンに生まれ,キール大学その他で学ぶ。はじめデンマーク大蔵省に仕え,1806年プロイセン政府に移り,財政改革では活躍した。1810年辞任。新設のベルリン大学で古代史の講議を担当,『ローマ史』2巻を著して名声を博す。解放戦争中は日刊新聞「プロイセン通信」の発行に協力し,また1813年プロイセン政府の委託を受けイギリス政府との通商条約交渉に当たるなど多方面で活躍した。1816〜23年にはプロイセンの使節としてバチカンに派遣され,ケルン大司教区再建交渉を成立させた。1823年以降,ボン大学教授として古代史の研究と講議をつづけ,その成果は死後『ローマ史』第3巻として公刊された。古代史家として,彼は厳密な史料批判にもとづく歴史学の科学的方法を樹立,ランケなど後世の史家に大きな影響を及ぼす一方,自らの政治家としての体験と鋭い想像力によって,古代の事件や人物を生き生きと描いた。
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