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●日本 にほん

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 日本は太平洋北西部にある島国であり,象徴的天皇をいただく国民主権国家で人口1億2,000万を超す国家である。

【日本の特質】日本は中国を中心とする朝鮮とベトナムを含む東アジア文明圏に属す。その上島国で一番近い朝鮮とさえ20キロの海峡をへだてており,中国とは約800キロも公海で隔絶している。したがって中国文明の子であっても,なかなかダイレクトに影響を受けにくい。そのため独自の文化を形成するという利点もあった。もちろん外国より文化を撰択受容することが可能である。そのうえ日本語はウラル=アルタイ語系には属してはいるが,中国語とは異なり,朝鮮語に近いが,それでも密接な関係があるとはいいがたい。それほど日本語は,他国民とのあいだに言語上の隔壁がきわめて大きい。そのことが日本人の自意識をめざめさせ,外国人との相違をきびしく意識させ,国民国家時代になってますますそれを通じた国民の一体性をつよめる機能を果たさせている。

【日本民族の歴史的特質】宗教は神道と仏教を主体とする民族宗教をもつ。日本人は人種的にはモンゴール人種の1種であるが,純粋ではなくいろいろの人種の混合によって成り立ち,北方系・南方系・大陸系が混在している。アイヌ人種はコーカサス系ともいわれているが,他のモンゴール人種のなかで日本人の一部には「毛深い人」がいる。したがって同じ日本人といっても同一視することはむずかしい。民族の流入もさまざまであるように文化的影響もいろいろあり,北方系の縄文の伝統,南方系のものとしての縄目文などもあり,大陸の騎馬民族の影響も考えられ,米も南方とか大陸とかと考えられている。いずれにせよ日本人は混血民族であることだけはまちがいない。しかしそのなかで最もつよいのは大陸系と考えられる。大陸伝来の文化は九州北部より瀬戸内をへて畿内へとひろがり,古来の縄文文化と接続している。そして弥生式という新しい文化をつくり,稲作灌漑法をとり,素朴なろくろで土器をつくり鉄器・青銅器を使用している。このような農耕技術や金属工芸振術は中国より入り,とくに中国の最大の古代統一国家,秦・漢帝国の成立の影響が,東アジア世界に中華秩序をつくりあげ,日本はその東夷として位置づけられている。その指導者たちは中国へ朝貢し,国土は部族国家連合として成立している。大陸文化は朝鮮半島に成立した国家の影響を受けて日本へ文化を流入させている。その過程で日本は百済の滅亡と前後して古代国家を建設し,国号を成立させている。その後は独自な文化をしだいに成長させた。それは一面中国の東アジアへの影響力の喪失とかかわる。当初漢字を借用して文化表現をしていたが,しだいに日本でも仮名文字づくりを成功させている。それによって国風文化を形成し,『源氏物語』のような大作をつくる女流作家さえ宮廷勢力のなかで成立させた。このように都の貴族たちは中国波来文明を変貌させることに成功した。その後源頼朝によって武家政権がつくられたがこれも東国につくられた武家権門の一つにすぎなかった。それも南北朝の内乱のあと足利幕府が成立したが禅文化を確立し,中国と密接な接触を保ち大陸の新しい文化傾向を学んでいる。水墨画・生花・造園術で西洋的と対蹠的であり,不自然な人工の規則的様式をしりぞけ,素朴さと修練を本質的なものとしている。織田・豊臣時代になると国家統一を回復し天下統一をなしとげ,徳川時代になると鎖国政策を展開し,儒教理論による社会編成を確立した。平和を維持し,そのなかで文芸作品の庶民化をもたらすだけの識家階層を増大し,近代化の基礎をつくった。強い国家意識を形成し国民的自意識に支えられ,神道の民衆的教派がナショナリズムを成立させ,近代国家の創出に成功した。いわゆる明治維新は若年武士層を中心とした人々による変革で,それによって成立した国家は西欧に対抗できる天皇制を柱とした国家であった。そして,政治・経済・国防の近代化によって海外文物の摂取と教育統制を確立したのである。19世紀から20世紀にかけて日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦で戦勝国となり,あい次ぐ産業革命をなしとげて急速に工業の近代化をし,軽工業から重化学工業へと重心を移し,世界の強国となった。昭和恐慌は世界恐慌の一般的危機の表現で,その後持たざる国と称して日本経済の発展を期し,軍国主義・国粋主義政策をとり,東アジア世界への侵出をはかった。その結果日中戦争から太平洋戦争への道を撰択している。しかしこの戦争は連合国軍の圧迫を受け,1945年(昭和20)に降伏することとなった。戦後日本は海外の領土をすべて失い,樺太(からふと)・千島をソヴィエトに,沖縄を米軍に占領されている。そして植民地は独立もしくはもとの宗主国へ返すこととなった。日本は非武装・民主化の道をあゆみ,国民主権国家となり,サンフランシスコ講和条約によって,自由主義陣営に属すこととなった。その後1960年代の高度経済成長政策の成功によって,日本は世界有数の産業国家となった。同時に国民の生活水準は大幅に向上した。それを支えた経済進出により東南アジア諸国での反日運動をひきおこしている。

【日本の産業】日本の国民総生産は資本主義国中で第2位を占めている。第1次産業10%,第2次産業33%,第3次産業57%となっている。農業は基幹であるので果樹などの園芸農業として大都市近郊に発展している。水産業は遠洋漁業で世界第1位の産額をあげ,沿岸漁業の育成漁業への転換が迫られている。鉱工業は埋蔵量が少なく自給できるものは石灰と硫化鉱くらいである。工業では重化学工業の先進国で輸送機器・電気機械・化学工業・鉄鋼・石油・金属などが上位を占めている。林業では国土の66%あまりが,山林であるので緑地化に役立っているが,材木は輸入王国であり,製紙原料その他をアメリカ・東南アジアに求めている。そのためか東南アジアその他発展途上国の森林資源にわるい影響を与えている。

【日本の未来像】日本は「持たざる国」であって資源大国ではないが産業大国である。したがって先端技術を開発し,頭脳大国として技術革新によって,世界の産業界を指導していかねばならない。エネルギー源も代替させるとか,労働力のあり方をかえてロボット利用にもとづいた作業システムへとかえていかねばならない。そのためには日本の未来には国際性をもつ日本人の養成が大切であり,単一民族視や,独善的日本文化観を改めて,世界のなかの日本文化を比較文化的にとりあげたり,言語構造の位置づけをして,国語としての日本語でなく,国際語としての日本語教育をしなければならない。その前提として文化を背景にもった教育でなければならないのはもちろんである。それとあわせてデザインや芸術その他文化感覚を洗練させて国際性をもったものにすべきである。コミュニケーションギャップをうめるために,各国と放送・出版・新聞界をあげて,国際交流をすすめ,共同利用をすすめていくべきである。日本的経営は世界に注目され,[1]企業が経済組織でなく一つの生活共同体をなしていること,[2]活動単位が集団主義で個人本位でないこと,[3]職務権限の規定がないので下部のものが過大な権限をもつこと,[4]年功序列終身雇用・企業別組合であることが注目されている。そこには日本的平等主義がつらぬきやすいこと,人々のやる気を最大限に利用できる。とくに同国人の同質性ゆえに向上心を活用することがあり,組織的にも柔構造をもっている。こうした傾向を,西欧社会でもしだいに利用し始めており,彼らの弱点とされるものの見直しが行われ始めている。これも高度経済成長政策による日本の近代化の効用である。1960年代の日本人は働くことに生きがいを感じ,それが活力となって世界に数をみない空前の発展の原動力となった。ところが最近では日本人の勤労観にも変化がみられるようになった。ビジネスにおいても省力化し,趣味・遊びをたのしむようになり,レジャー産業が発展し,テニス・ゴルフのようなスポーツが盛んとなり,スポーツ施設・厚生施設が増加した。レジャーのみでなく観光開発が内外において行われ,観光旅行・観光産業の大型化がすすんでいる。その一方で「手作り」が流行となり,日本人の余暇利用,精神的充足から余裕あるくらしを求める方向づけがすすんでいる。未来もこの傾向にある。

〔参考文献〕ライシャワー,鈴木重訳『日本−国のあゆみ』1971,時事通信社

加藤周一,ドーア監修,福岡ユネスコ協会編『国際シンポジウム―戦後の日本』1978,講談社

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