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●ニヒリズム

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ニヒリズムは、リアリズムと対極にある精神的態度であり、現実の諸事実になんら積極的な意味を認めようとしない否定的傾向、およびその思想をいう。認識論的には、いかなる真理も存在せず、また認識されえないとする絶対的懐疑論であり、存在論的には、すべての実在の否定であるが、一般には倫理的・政治的意味でいわれることが多く、既成の道徳・秩序・組織・制度などに反抗し、これを破壊しようとする主張と解されている。1870〜80年代のロシアの革命運動は、まさに政治的なニヒリズムの典型であり、やがてニヒリストとはテロリストと同じ意味でいわれるようになった。虚無を意味するラテン語のニヒルに由来することから虚無主義ともいう。ドイツの哲学者 F.ヤコビ(1743〜1819)がニヒリズムを哲学上の術語として初めて用い、ロシアの小説家 I.S.ツルゲーネフ(1818〜83)の小説『父と子』(1862)によって広まった。この語の思想的系譜としてはニル=アドミラリというホラティウスの訳がある。これは哲学的思索の目標は、との問に、ピュタゴラスの答えた〈メー・タウマゼイン(何事にも驚くな)〉を、彼がラテン訳したものである。このようにニヒリズムは、古代ギリシアにすでにみられるが、この語が自覚的に考えられるようになったのは、19世紀半ば以降のことで、さらに自らの哲学上の根本問題として取り上げたのは F.W.ニーチェ(1844〜1900)である。

【現代のニヒリズム】19世紀という繁栄と安定の時代が終焉を迎えようとするとき、ニーチェは〈神は死んだ〉と高らかに宣言することによってニヒリズムの到来をわれわれに告げた。ショーペンハウアーの厭世観の影響を受けたニーチェは、ニヒリズムを時代の必然と説き、まず神の否定、すなわちキリスト教のニヒリズムにヨーロッパの退廃は由来するとし、これを打破するには〈権力への意志〉を高揚させるほかはないとした。次に彼は理性の否定を唱えたが、これは人間によって絶対性を与えられたかにみえた理性も、所詮、意志の所産にすぎず、それにより生の目的は失われ、存在そのものが疑われるとした。こうしてニーチェによって理解されたニヒリズムは、既成秩序の没落を促し、その底流において権力意志に触れることで、ニヒリズム自体も乗り越えようとする積極的な契機を含んでいたが、彼が真にニヒリズムを克服して、権力意志の立場以上の新しい哲学を構築したかは十分には明らかではない。その後ハイデッガーをへて、サルトルらの実存主義の哲学に受け継がれたニヒリズムは、無意味な混沌である現実に耐えつつ、自らが現実の新しい意味であろうとする、真に自由にして批判的な精神へと昇華されていった。

【文学上のニヒリズム】ヨーロッパ文明の没落、市民社会の崩壊をニーチェ以前に感じとっていたのが、ボードレールやランボーらの詩人、フロベールらの作家であった。彼らはいずれも人間の尊厳や既存の価値・道徳・秩序に対する不信から、これに絶望的に抗議した人々である。ボードレールは、退廃に陥った人間の苦悩と現実逃避の夢をうたったが、こうした逃避的ニヒリズムは、のちの唯美主義や象徴主義を生む契機となった。一方ロシアでは、個人主義がひたすら内面にむかい、とくにドストエフスキー(1821〜81)は、当代のロシアのニヒリストたちが神を否定しようとしながら、否定しきれずにいる矛盾にニヒリズムを見出した。『悪霊』の主人公スタヴローギンは、社会運動にも自己自身にも絶望した「無」の権化として描かれている。第一次世界大戦によって既成の価値観が崩壊すると、「不安の文学」にはじまってダダイズムや超現実主義が生まれ、さらにそこから〈人生は不条理である〉というサルトルやカミュの実存主義の文学が多くの人々の注目を集めた。

〔参考文献〕ニーチェ、原佑訳『権力への意志』1901、角川書店

J.P.サルトル、松浪信三郎訳『存在と無』1943、人文書院