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●日ソ漁業条約 にっソぎょぎょうじょうやく

アジア 日本 AD 

 本条約は第二次世界大戦以前の条約(1928年1月)と戦後の新条約(1956年5月)とに区分される。前者は1925年(大正14)12月から駐ソ大使田中都吉(ときち)と,外務人民委員代理アラーロフのみにカラハンとのモスクワにおける交渉により1928年(昭和3)1月23日に調印,翌1929年から適用された。全文16条と議定書より成り,有効期限は8年,以後12年ごとの改訂が規定された。しかし,本条約によって日ソ間の漁業の競合と利害の不一致に発展し,1935年(昭和10)5月,日本は本条約の改訂をソ連に提起した。ソ連は日本・ドイツ防共協定を理由に交渉成立を拒み,1943年(昭和18)まで暫定協約により実施された漁業条約は,翌1944年(昭和19)8月のソ連の対日参戦で失効した。戦後の1956年(昭和31)3月,ソ連はサケ・マス漁獲の特定水域を,オホーツク海・ベーリング海西部に限定し,ソ連政府の特別許可を要する旨を日本に通告し(ブルガーニン・ライン),同年5月14日,農林大臣河野一郎・松平康東(こうとう)と漁業相イシコフの連名によりモスクワで新条約が調印され,同年12月12日に発効した。しかし,この新条約は1976年(昭和51)12月にソ連が設定した200カイリ漁業水域の公布により,翌1977年4月29日にソ連政府は同条約の廃棄を通告し,対日暫定協定により1978年4月29日に失効した。同年4月21日にはこれまでの漁業条約に代わる新たな「漁業協力協定」が締結され,サケ・マス漁獲を規定した議定書も成立した。以上のとおり日ソ漁業条約は,戦前から戦後に至る両国外交の重要な争点を形成した条約と見なされており,今日もなお毎年繰り返されている日ソ間の漁業問題と深く関連している。