●日光山信仰 にっこうざんしんこう
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日光山の信仰は二つに大別できる。その一は三社権現(三所権現・日光権現・地主権現信仰)であり,その二は東照宮大権現信仰である。両者とも神仏習合・本地垂迹説によるが,前者は古く固有の山岳信仰に淵源する。782年(天応2)男体山登頂に成功した勝道はこれら山岳信仰・修行の一つの到達点であり,その代表者とされよう。固有の山岳信仰・修行に,仏教が奈良末期・平安初期に到来し,観音浄土の補陀落信仰が付会された。さらに真言・天台密教と固有信仰との習合は,中世に修験道の隆盛をきたし,三社権現(男体権現・新宮。滝尾権現・女体中宮・滝尾社。本宮権現・本宮)を現出せしめた。東照大権現信仰は1617年(元和3)徳川家康が日光山に鎮座したことに始まる。これは家康の遺言に「八州之鎮守」(『本光国師日記』)にならんと言ったごとく,幕藩体制国家を守護せんとするまったくの権力神であった。両者の相違は東照宮祭礼の見物人であった日光市民が三社権現例祭の主役として熱狂したことに示される。〔参考文献〕日光山輪王寺門跡内日光山史編纂室『日光山輪王寺史』1966
秋本典夫『近世日光山史の研究』1982,名著出版