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●二十四組問屋 にじゅうしくみどんや

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 江戸時代に大坂から江戸に商品荷物を廻送した問屋仲間。菱垣廻船積問屋仲間ともいう。江戸の荷主株仲間の十組(とくみ)問屋に対応する組織で,十組問屋の注文に応じて仕入荷物を菱垣廻船で江戸に送付した。1694年(元禄7)に結成され,初め10組であったが間もなく次の24組に拡大した。油問屋・内店組(木綿類)・江戸組毛綿仕入積問屋・表店(畳表)・紙店一番組・同二番組・乾物店・瀬戸物店・鉄釘積問屋・通町組(小間物類)・塗物店・堀留組(青莚類)・明神講(雑貨)・薬種店・綿買次積問屋・安永一番組(組類)・同二番組(鉄物木綿他)・同三番組(渋)・同四番組(打物砥石他)・同五番組(煙草木綿)・同六番組(乾物類)・同七番組(雑貨類)・同八番組(蝋)・同九番組(木綿古手)(安永4年現在。カッコ内は取扱い商品)。のち追(つい)九番組(東組・紅梅組・書林組・栄組・航栄組)ができ,紙・木綿・足袋・雑貨類を扱った。1784年(天明4)江戸の荷主から運賃と別にとっていた船歩銀について問題がおこったのを契機に,正規に株仲間として公認された。当時の仲間人数347人,冥加金は初年300両,次年より100両を上納することによって,江戸へ廻送する商品荷物の取引きを十組問屋とともに独占した。しかし二十四組問屋のほうが常に十組に対して貸勘定であり,1841年(天保12)には16万4400両余もこげつき,取引きは円滑を欠くようになり同年株仲間を解散,1851年(嘉永4)に再興したが振るわず明治維新に至った。