●西山宗因 にしやまそういん
アジア 日本 AD1605 江戸時代
1605〜1682(慶長10〜天和2)江戸時代の連歌師,俳人。名は豊一(とよかず)。通称次郎作。別号は一幽・西翁・梅翁・有芳庵。肥後国八代(やつしろ)の加藤家の家老加藤正方に仕え,主君の勧めで京に上り里村昌琢(さとむらしょうたく)に連歌を学んだ。加藤家改易の後,大坂天満宮の連歌所の宗匠となった。やがて俳諧師としても知られるようになり,その門下に西鶴・惟中(いちゅう)・高政らの新鋭が集まり,1675年(延宝3)には談林俳諧を開いた。軽妙・洒脱な俳風で,貞門(松永貞徳一門の俳諧)の重苦しさに変わって新興町人文学としての俳諧をつくり上げた。しかし庶民詩の確立には,彼の高弟井原西鶴の出現を待たなければならない。晩年はその門流によって内容や表現が乱雑奔放になったのを嘆き再び連歌に戻った。談林俳諧の祖として晩年のめざましい活動は門人西鶴らの庶民詩への道をつくり,また松尾芭蕉にも強い影響を与えている。
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