●西村茂樹 にしむらしげき
アジア 日本 AD1828 江戸時代
1828〜1902(文政11〜明治35)欧風に傾く時流下,終生徳育に尽力した明治時代の教育家。佐倉藩士出身。少時より儒学を学び1851年(嘉永4)佐久間象山に師事し洋学に入る。2年後支藩佐野の家老,1856年(安政3)堀田正睦が外国掛老中になるとこれを補佐した。維新後佐倉藩大参事を経,1872年(明治5)44歳のとき上京,家塾を開き翌年森有礼に招かれ明六社創設に参画。文部省に出仕し,編書課長として教科書・辞書・参考書類の編集にあたった。侍講も兼ね,文明開化の世相と主知主義的文教方針のもとで徳育が軽視されることを憂い,1876年修身学社を創設。儒教的な修身教科書を編纂,宮内省に入って『婦女鑑』作成。講演を基にした1887年の『日本道徳論』刊行が物議をかもした。修身学社も講道会を経て日本弘道会と拡大され,以後国粋主義にたって勅撰教科書や明倫院を計画したが森有礼に反対された。1897年貴族院議員に勅撰されたが,宮中顧問官ともどもすぐに辞し自適の余生を送った。