●西廻り航路 にしまわりこうろ
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江戸時代の主要な海運ルート。裏日本の西南を回り,赤間ケ関(下関)から瀬戸内に入り,兵庫・大坂を経てさらに紀伊半島を迂回して遠州灘を乗り切り,下田または浦賀を経て江戸に至る航路のことである。この航路は,1671年(寛文12)に河村瑞賢が幕府の命を受けて出羽国の幕領米を江戸に廻送するために開発した。瑞賢はその前年に陸奥国の幕領米を江戸に廻送するため,太平洋を南下して房総半島を迂回して江戸に達する東廻り航路を開発していた。しかし,東廻り航路に比較して西廻り航路は寄港地に恵まれて航海が安全であったため,江戸時代を通じて大いに発展した。とくにこの西廻り海運の成立によって,大坂は瀬戸内・四国・九州からさらには日本海とも結びついて,米をはじめ諸国物資の集散市場として発展していった。また,この航路に含まれる大坂−江戸間には菱垣廻船・樽廻船が往来して近世海運の主要幹線航路となり,近世後期から明治にかけては,北前船が北海道と大坂とを結んで発展していくことになる。