●二科会 にかかい
アジア 日本 AD
美術団体。明治末から大正の初めにかけてヨーロッパから帰朝した洋画家たちが,新しい絵画傾向を伝え,日本画の二科制に倣って「文展」に新傾向の二科部門を設立せよと要求したことが,この会の名称となっている。要求は容れられず,石井柏亭(1882〜1958)・梅原龍三郎(1888〜1986)・有馬生馬(1882〜1974)・藤島武二(1867〜1943)らは1914年(大正3),反文展の旗印を掲げて,10月,東京・上野竹之台陳列館において第1回二科美術展を催した。5年後,藤川勇造(1883〜1935)が加わり彫塑部を開設。しかし,1930年には児島善三郎らが退会して「独立美術協会」を設立,1935年には石井,有島,藤川,安井曽太郎(1888〜1955)ら主要メンバーが帝国美術院会員を受諾して退会した。一方,1939年には東郷青児(1897〜1978),吉原治良らによって,会のなかに前衛的な「九室会」が組織され活発化した。1944年に情報局の指令で解散したが,終戦の年の10月,東郷らによっていち早く再興された。1979年に社団法人となり,絵画・彫塑・写真・商業美術各部をもつ。1984年に第69回展を迎えた。