●南洋庁 なんようちょう
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第一次世界大戦で日本海軍が占領した旧ドイツ領南洋群島を,ヴェルサイユ条約に基づき日本を受任国とする委任統治領として統治するために,1922年(大正11)4月1日に設置された。南洋庁の行政機構は,1922年3月に勅令によって公布された「南洋庁官制」に基づく。南洋庁には長官が置かれ,南洋群島の最高行政責任者として,所管大臣の指揮監督を受け南洋庁の一般政務を管理した。所管大臣は,設置当初は内閣総理大臣であったが,1929年(昭和4)6月からは拓務大臣となり,さらに1942年(昭和17)11月からは大東亜大臣となった。行政区域は,パラオ・ヤップ・サイパン・トラック・ポナペおよびヤルートの6区域に分けられ,それぞれの行政区域に支庁が設置された。サイパン支庁管内のテニアン・ロタの両島は,産業の発展に伴い人口も増加したので,テニアンは1933年(昭和8)5月に,ロタは1937年(昭和12)8月にそれぞれ支庁出張所が設けられて支庁事務を分担した。しかし,1943年(昭和18)11月に南洋庁の機構は簡素化された。