●南北朝の内乱 なんぼくちょうのないらん
アジア 日本 AD1331 鎌倉時代
1331〜1392(元弘3〜明徳3)足利氏の武家政権の確立までの過程におこった全国的規模をもつ内乱。いわゆる建武新政府は公武水火の争いを腹蔵し,武家間の対立もあって,1335年(建武2)尊氏による新政否定の動きをみる。尊氏は多くの武家の中心となるとともに京都に光明天皇を擁立,後醍醐天皇も吉野に別の朝廷を開いた。この朝廷を南朝,京都を北朝といい,その後半世紀にわたって南北それぞれの朝廷に従う勢力が対立抗争を繰り返した。幕府体制を維持し守護勢力を基礎とする封建的権力を確立しようとする勢力と,古代国家機構を再編し天皇を中心に貴族社寺から成る統一政権を樹立しようとする勢力の対立であるが,これにより全国的規模をもつ内乱となった。それは郷村を拠り所とする小地主・小農民を中心とする勢力の蜂起でもあった。