●南進論 なんしんろん
アジア 日本 AD
東南アジア,ミクロネシア,メラネシアなどへの日本人入植と,同方面との貿易拡大を促した論。江戸時代の南方経略論は別として,1876年(明治9)の榎本武揚によるマリアナ諸島買収建議,1880年(明治13)の佐々木猛綱のニューギニア獲得論などが初期のものである。明治10年代末から20年代初めにかけて,杉浦重剛の『樊噌夢物語』(はんかいゆめものがたり),志賀重昴の『南洋時事』,田口卯吉の『南洋経略論』などが出版された。その後南進論は下火となるが,1910年(明治43),竹越与三郎の『南国記』が出版され,日本の南方発展論を喚起し,引き続き1913年(大正2)から1914年(大正3)へと論者が輩出したが,1914年(大正3)10月の日本海軍による赤道以北のドイツ領ミクロネシアの占領はこれに拍車をかけた。1915年(大正4)には「南洋協会」が設立された。しかし大正後半から昭和初期にかけて南洋論は再び低調となるが,ここに唯一雄大な構想を掲げたのが,南洋興発社長松江春次の『蘭領ニューギニア買収案』で,1934年(昭和9),非売品ながら国策立案に関係ある要路の人々に配布されたが,容れられるところとはならなかった。日中戦争に突入した1937年(昭和12)以降に入ると,日本はアメリカ,イギリス,オランダなどの不満を招き,石油をはじめとする南洋資源の輸入に不安を感じ,1940年(昭和15)には「大東亜共栄圏構想」が国策となり,ついには大東亜戦争(太平洋戦争)に発展して,破滅の道を歩んだ。1873年(明治6)の西郷隆盛らの征韓論をはじめとする北進論が,主として軍事力によるアジア大陸への進出を主張したのに対し,南進論は経済的な利益を求めて主張されたことが多く,しかも南進論はおおむねつねに少数意見であった。