●南昌蜂起 なんしょうほうき
アジア 中華人民共和国 AD1927 中華民国
1927年(民国16)8月1日,左傾路線をとる中国共産党の指導下に江西省南昌で発生した暴動。汪兆銘の国民党武漢政府の反共化が明白となって独自の政権樹立に迫られた共産党は,張徳奎指揮下の第二方面軍内で共産党に心を寄せる葉挺,賀竜,朱徳麾下の部隊にはかって蜂起した。劉伯承,周恩来,譚平山,李立三,葉剣英,張国トウ※注1※ら党前敵委員会がこれを指揮し,蜂起後国民党左派の人士を加えた革命委員会を組織。その委員には周恩来らのほかに宋慶齢,郭抹若,トウ※注2※演達,呉玉章,彭湃,ウン※注3※代英らの名もあり,「八一革命宣言」「土地革命宣伝大綱」などを連席会議で採択した。だが,3万人の軍隊のうち実際支配下に入ったのは,1万余人であった上に国民党軍の包囲攻勢は厳しく,8月5日,南昌を放棄して広州にむけて撤退,途中汕頭の占領に成功したが,9月末〜10月に広東省東部で蜂起軍はほとんど壊滅し,一部は井崗山に入って工農紅軍第四軍を形成した。なお8月1日は共産軍の建軍記念日である。
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