50音順    検 索

●南海道 なんかいどう

アジア 日本 AD 

 太平洋と瀬戸内海にのぞんだ紀伊,淡路,阿波,讃岐,伊予,土佐の6カ国が属すが,都とそれらの国の道をつなぐ呼称でもある。文武天皇のとき「七道の制」が定まり,南海道はその一つとなり,以後古代の官道として都と国府が結ばれた。紀伊の国府から加太駅をへて淡路に入り,国衙をへて鳴門海峡を渡って阿波の牟夜(撫養)に上陸,西行して郡頭(板野郡板野町大寺)にいたり,南下して吉野川を渡り阿波の国府にいたる。一方,郡頭から北上して大坂峠をこして讃岐に入り刈田駅から讃岐の国府にいたる。さらに西行して柞田にいたり,伊予へ入って内海に沿って伊予の国府に到着する。土佐の国府へは伊予の国府から西南にむかい,南伊予から土佐の幡多路に入り東進していたようであるが,道が遠く山谷険難のため718年(養老2),阿波より海岸廻りで土佐の国府にいたる新道が開かれた。さらに796年(延暦15)には四国山地をぬけて大岡駅と土佐の国府を結ぶ道が開かれた。後世北山越えと呼ばれる。