●鳴滝塾 なるたきじゅく
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1823年(文政6),長崎出島のオランダ商館付医官として来日したドイツ人医師シーボルト(Siebold, Phillip Franz Balthasar von 1796〜1866)が長崎郊外鳴滝に開いた私塾。商館長ステュルレルの日蘭貿易のため医学や科学を積極的に伝授しようという方針に沿い許可をえて開設したもので,木造2階建て,書斎・石倉があった。診療所をかねて全国から入門する洋学研究者に系統的に指導。高野長英,美馬順三,伊東玄朴,高良斎,岡研介,日野鼎哉らが学んだ。門人はシーボルトの日本の博物学的調査を行うという使命の実現のため,日本の歴史・地理・風俗・博物などの研究課題報告の提出を命じられ,代わりに権限のない私的なドルクトルの学位を与えられた。5カ年の滞日で多くの成果をえて帰国する際,シーボルト事件がおこり,1830年,国外追放,塾活動は終わった。開国後再来日,一時当塾に滞在。1874年(明治7)大破,のち解体。1922年(大正11)国指定史跡となった。