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●ナポレオン伝説 ナポレオンでんせつ

ヨーロッパ フランス共和国 AD 

 1821年のナポレオンのセント=へレナでの死後,フランスにひろまった敬慕の情と,それに裏打ちされたナポレオン再評価の動きをいう。ナポレオンの遺書(1821〜33),『セント=ヘレナ日記』全8巻(1823〜?),同行者モントロンなどの回想録(1822〜25)の出版が大きな普及効果をもった。演劇,新聞小説,木版画,小冊子もナポレオンの栄光をひろめた。そこでのナポレオンは,フランス革命の諸原理の擁護者で,革命に反対する王党派の陰謀や全ヨーロッパの反動勢力に対して,人民の自由と諸国民の主権のために戦い,秩序と繁栄をもたらした,とされる。専制的な皇帝となったことも,敵自身がそうなるべくして導いていったためと説明され,百日天下自由帝政の理念が理想化された。復古王政下で,旧貴族や自由主義者の描いた「暗黒伝説」はしだいに後退し,七月革命では皇帝万歳が叫ばれた。1840年,ナポレオンの遺骸が帰り,検閲の緩和も手伝って,伝説は若い世代に崇拝者を生み出しはじめる。二月革命中のポーランド独立運動支持の示威も,ナポレオンが民族主義を援助したとの伝説が影響を与えた。甥のルイ=ナポレオンは,先代の威業を讃える『ナポレオン的観念』(1839)を著して秩序と自由を説いたが,これは,彼自ら1848年12月の大統領選挙で大勝するのにおおいに寄与した。伝説に身を浸して自らのナポレオン像を描いた文学作品としては,バルザックの『田舎医者』(1833)があり,スタンダールの『パルムの僧院』(1839)は,同伝説に育てられたイタリア青年の遍歴を描いている。