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●難波 なにわ

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 現在の大阪市およびその周辺地域の古称。浪速,浪華とも書く。大化前代から海上交通の要地として栄え,淀川の旧河口は難波の御津(みつ)といって畿内と瀬戸内海,九州地方とを結ぶ要港であった。ここに外国使臣接待用として鴻臚館(こうろかん)が設けられ,朝廷の対外交渉の中心地となった。また短期間ではあったが,たびたび皇居が設置された。その難波京は古くは応神天皇の大隈宮(おおすみのみや),仁徳天皇の高津宮,欽明天皇の祝津宮(はふりつのみや),孝徳天皇の難波長柄豊碕宮(ながらのとよさきのみや)がある。このような事情もあって桓武天皇によって廃止されるまで難波を含む摂津には国司をおかず,とくに摂津職を置き,それに代えていた。本願寺の蓮如が生玉荘大坂に道場を建ててから,難波に代わって大坂という地名で呼ばれるようになった。のちに豊臣秀吉によって大坂城が築かれたが,豊臣氏滅亡のあとは大坂城代によってこの地が支配された。