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●ナショナル・トラスト national trust

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 野放図な開発から自然環境や歴史的環境が破壊されるのを未然に防止するために,広く国民から寄金を募って土地などを買い,あるいは寄贈を受けて保存・管理する運動である。

【イギリスの運動の歴史と現状】イギリスで1895年に初めて創設された。イギリスでは18世紀後半,世界で最も早く産業革命がおこり,「世界の工場」といわれ国運が進展した一方で,開発によって,国民が誇りとする美しい自然や歴史的環境が,次々に壊されていくのを心配した3人の市民,すなわち弁護士のサー=ロバート=ハンターと婦人社会事業家のオクタビア=ヒル,牧師のキャノン=ローンズリーが相談して,募金運動を始めた。初めは,啓蒙的な団体にとどまっていたが,1907年にイギリス議会がナショナル=トラスト法を制定し,ナショナル=トラストは純然たる民間団体であり,政府は1ポンドの援助もしないことを確認したうえで,その管理する資産については「譲渡不能」と宣言する特権をナショナル=トラストのみに認めた。これによってトラストの資産はほかに売却されることも,抵当に入れられることも,さらには議会の同意なしには,政府といえども強制収用することができないという特権が認められた。この「譲渡不能」の特権が確立したことによって,人々は安心して寄金や寄贈をするようになり,ナショナル=トラストの存立の基盤は確固としたものになった。さらに議会は1931年に「財政法」を改正して,ナショナル=トラストに寄贈・遺贈された資産の相続税は非課税にすると定めた。このように議会は民間運動としてのナショナル=トラストの意義を評価して,今日まで,たびたび法律的な支持をこの運動に与えてきた。その結果,89年たった1984年には,会員は130万人にのぼっている。年会費は12.5ポンド,子どもや主婦など家族はその半額である。ナショナル=トラストは“1人の人の1万ポンドより1万人の人の1ポンドずつ”を原則とし,1人でも多くの人々がこの運動に参加することを期待している。会費のほか篤志家の寄贈・遺贈でナショナル=トラストの保有財産は年々増大し,その内容は毎年会員に公表される「資産目録」と「年次活動報告書」で明らかにされる。1983年の資料では土地は45万エーカー(18万ha)で,これは大阪府の面積に等しい。さらに歴史的建造物が200,庭園が100,美しい海岸線が600kmにのぼっている。こうして先史時代からローマ時代の遺跡をはじめ古城・教会・修道院・領主館・森林・農地・牧場・水車小屋・公園・庭園・草原・荒地・沼沢地などが保存され,村落をそっくり管理しているところもある。

【わが国における先駆的運動】イギリスのナショナル=トラスト運動にヒントを得てわが国ではじめて行われたナショナル=トラストは,1964年(昭和39)に設立された財団法人「鎌倉風致保存会」である。高度経済成長政策に伴っておこった乱開発のために,1960年代のなかば,鎌倉の鶴ケ岡八幡宮の裏山の御谷(おやつ)に業者が宅地造成工事を計画した。このことを知った住民たちが,古都の景観が壊されると心配して財団法人を結成し,募金を集めて工事予定地を買い取る方策をたてた。この発起人の一人として,さらに設立後は理事の一人になった作家の大佛次郎はその経過を『破壊される自然』という随筆のなかでくわしく述べている。大佛は当時,鎌倉・京都・奈良などの古都の景観が,次々に壊されていくのを嘆くとともに,それと対照的にイギリスの風土が,みごとに守られていることを指摘し,背景にナショナル=トラストの運動があることにふれ,その歴史・思想・現状について述べている。大佛こそは,イギリスのナショナル=トラスト運動を系統的にわが国に紹介した最初の人といえよう。

【わが国の風土に根ざした運動の発展】イギリスのナショナル=トラストの運動の経験から学んだもう一つの運動は,北海道,斜里町の「知床国立公園内100平方m運動」である。戦後,開拓に入植して伐採後離農した知床半島の原生林を復元するためにすすめられたもの。斜里町は「しれとこで夢を買いませんか」と全国に100平方m,1口8,000円の募金を呼びかけた。その結果,191haの買い取り目標をかかげた第1次運動は,1977年(昭和52)に始めてから3年たった1980年(昭和55)に目標額を達成した。それに力づけされた斜里町は引きつづき第2次として282haを目標に運動を続けている。1984年(昭和59)現在,第1次分をふくめ寄金をした人は2,000人,計2億円にのぼっている。この斜里町の運動は,1人1口8,000円を基盤にし,上限を10口8万円までとしている。金を出してもらうが所有権の登記をしないで「夢を買う」という形をとったのが一つのアイデアである。当時の町長,藤谷豊氏は朝日新聞の「天声人語」に紹介されたイギリスのナショナル=トラスト運動を知って「まさにこれだ」というので自分で独創的な手続きを考え出した。“しれとこ”の名が全国的に知れわたっていたことも好条件になった。結婚記念や誕生祝いなどを契機に申し込む人が多い。外国人も参加している。小学生がクラスで小遣いをためて,8,000円を送ってきた学校もある。

 斜里町の運動と並んで全国的に注目を集めているのは和歌山県田辺市の市民が中心になって始めている天神崎の買い取り運動である。1974年(昭和49),別荘地造成のための開発申請が業者から市へ提出されていることを知った市民たちは,貴重な自然林と海岸が破壊されるとして「天神崎を大切にする会」を結成,反対署名を始めた。和歌山県立自然公園であるが,現地が第三種保護地区のため法律的に開発を規制できないことを知らされた市民たちは,1974年に「熱意表明募金」と銘打って買い取り運動を始めた。1978年(昭和53)には「天神崎保全市民協議会」をつくり岬の中央部6,000平方mを買い取り,さらに運動を続けている。市民有志は退職金をつぎこんだり,貯金をおろし,さらに銀行から融資を受けてとりあえず貴重な部分を買い取るなど苦労している。こうした市民の姿をみて和歌山県は1982年(昭和57)に特別に2,500万円を,田辺市も500万円を支出し,それに市民が全国募金で集めた2,000万円をあわせ計5,000万円で,市民が立て替えて買い取った土地を市有地にし,子どもたちの自然観察地域を設置した。このほか北海道の斜里郡小清水町では,キタキツネの住む防雪林を買い取り保存する「オホーツクの村づくり運動」や,苫小枚市郊外のウトナイ湖に野鳥の観察施設をつくる運動,長野県木曽郡南木曽町では,江戸時代の宿場跡の妻籠宿の歴史的町並みとその周辺の自然を守るための運動を進めている。このほか,県民と企業法人とからの寄金と県費によって進められている岡山県郷土文化財団など全国10数カ所で,それぞれの風土に根ざしたナショナル=トラスト運動が模索されている。

【運動の三つの形態】これらの運動は大別して次の三つの形態にわかれている。すなわち[1]住民が中心になっているもの[2]自治体が中心になっているもの[3]初めから住民と自治体が協力して始められているものである。[1]の住民中心の典型は田辺市の天神崎の買い取り運動と小清水町のオホーツクの村づくり運動である。[2]の自治体主導型の代表は市町村レベルでは斜里町が進めている知床国立公園内100平方m運動であり,県レベルでは財団法人岡山県郷土文化財団である。最近では,埼玉県の「財団法人さいたま緑のトラスト協会」の設立や神奈川県の「神奈川トラストみどり基金」の検討など県レベルの動きが活発だ。[3]の住民と自治体の協力型の典型は1983年(昭和58)に誕生した長野県の財団法人「妻籠宿保存財団」である。これらの運動はいずれも1960年代なかばから1970代にかけて日本列島の各地で噴出した環境保護の住民運動を基盤にし,その歴史的系譜のなかで生まれたものだが,同時に従来の住民運動が,すでにおこった環境破壊や,その寸前になって立ちあがる現状を後追いする型のものが多かったのに対し,将来の環境破壊を予測してあらかじめ取得しようとしている点で先見性に富んでいる。また寄金や寄贈など住民自ら行動をおこすという自発性を備えている。また自然環境や歴史的環境の保護など環境を幅広くとっているなど,従来の住民運動や自治体運動のワクを越えるもので,1980年代から21世紀をめざす環境保護運動の一つの典型をつくりだすものといえよう。

【税制の改正めざす】環境庁は1982年「ナショナル=トラスト研究会」をつくり,1983年に「わが国における国民環境基金運動の展開の方向」と題する報告書を公開,市町村など自治体の積極的関与を強調している。また各地の運動の連絡組織として「ナショナル=トラストを進める全国の会」が1983年に結成され,情報の交換やイギリスなど外国の運動との国際交流をはじめ,ナショナル=トラスト法の制定や優遇措置など税制の改正などを要求する運動を展開している。

〔参考文献〕木原啓吉『歴史的環境』1982,岩波書店

木原啓吉『ナショナル・トラスト』1984,三省堂