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●長屋王の変 ながやおうのへん

アジア 日本 AD729 奈良時代

 729年(天平1)2月,左大臣として不比等亡き後の藤原氏に対抗する勢力をなしていた長屋王(持統朝の太政大臣高市皇子の第1子・天武天皇の孫)が,呪詛を行い国家を傾けようとはかったとの密告により,聖武天皇の命によって邸を兵に囲まれ妻子と自殺した事件。この背景には藤原氏一族の光明子を母とする皇太子基皇子の病死,藤原氏と血縁関係にない安積親王の誕生という事態に対し,勢力保持のため光明子の皇后立后を企図した藤原氏に王が反対の立場を取っていたこと,また王が太政大臣就任の可能性を秘めていたことから,王を除くための藤原氏の陰謀であったものと考えられる。この変の半年後には光明立后が実現し,皇族以外から皇后が選ばれるという異例の事態が出現するとともに,藤原武智麻呂以下の藤原4兄弟がともに昇進して天平初期の政界を主導することとなった。