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●長門 ながと

アジア 日本 AD 

 大化の改新後に山陽道に設けられた国で,本州の最西端。古くは穴戸と書き,アナト,アナガトなどと読まれた。国府は豊浦津(下関市長府)に置かれ,厚狭,豊浦,美祢,大津,阿武の5郡を管した。関門海峡の要衝を扼し,古くから軍事上の要地となった。663年(天智2)の白村江の敗戦のあと長門城や蜂火台が置かれ,中世には源平動乱や元寇に巻き込まれ,近世には下関事件の舞台となった。文永の役のあと西国の要地として長門探題が置かれ,執権北条氏の一族が任ぜられた。建武の新政に際して厚東氏が長門守護に補任されたが,周防の守護大内氏との抗争に敗れて,1358年(延文3)に大内弘世が長門守護を兼ねた。以後1551年(天文20)に義隆が滅ぶまで大内氏の領国となった。1557年(弘治3)に毛利氏が防長両国を統一し,近世には本藩の萩毛利氏領を中心に,長府や清末に分封された一族の毛利氏が支藩を形成した。1871年(明治4)の廃藩置県で周防とともに山口県となった。