●中沢臨川 なかざわりんせん
アジア 日本 AD1878 明治時代
1878〜1920(明治11〜大正9)明治大正時代の文芸評論家・電気工学者。本名重雄。明治11年10月長野県上伊那郡南向村の養命酒の醸造元塩沢家に生まれ,後同県南安曇郡梓村の中沢家の養子となった。松本中学・二高をへて,1905年(明治37),東京帝国大学工科大学電気部を卒業,同時に東京鉄道に技師として入社,1908年京浜電車鉄道の技師長,1917年には松本市に移ってアルカリ会社の技師長となり,さらに中沢電気工業会社設立,自ら経営して地方電化に尽くした。電気技師のかたわら文学を愛し,東大在学中に,小山内薫らと雑誌「山比古」を創刊,また文集「鬢華集」を公刊した。島崎藤村ら自然主義作家と交遊,またユーゴー,トルストイ,ロマン=ローランらを研究,海外思潮の紹介に努め,明治末期から大正時代にかけて青年層に思想的影響を及ぼした。著書には,『嵐の前』『旧き文明より新しき文明へ』『近代思想16講』『露西亜印象記』などがある。1920年8月9日,43歳にて病没。