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●長崎派 ながさきは

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 江戸時代の長崎におこった黄檗画派官画派絵目利派)・洋風画派文人画派南画派)・中国写生派沈南蘋派)・長崎版画など,絵画の諸流派の総称。長崎は唯一の開港貿易都市であり,長崎奉行が常任している会所を中心として発展したもの。とくに中国画僧逸然(1660〜68)の渡来(1644)を源泉として,長崎の諸流が始まった。その後,黄檗画派は,逸然の影響で陰影表現を加味した漢画的作風の作家が輩出し,以来前記のいろいろな画派が生じた。長崎派に属する画家のうち,川原慶賀は文化年間に出島蘭館出入りの洋画家となった。また文人画派は,1720年(享保5),伊孚九らが長崎に出て来て,近世の朱生画派をつくりあげている。1804年(文化1)刊行の『崎陽画府略伝』など画史類では長崎の絵画を評価している。これらを長崎派と称したのは藤岡作太郎の『近世絵画史論』(1903)である。