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●中岡慎太郎 なかおかしんたろう

アジア 日本 AD1838 江戸時代

 1838〜67(天保9〜慶応3)幕末の志士。土佐国安芸郡北川郷柏木村の大庄屋の家に生まれる。名は通正。変名石川誠之助・大山彦太郎・横山勘蔵。高知,江戸に遊学。1861年(文久1),武市瑞山土佐勤王党に加盟。翌年吉田東洋暗殺後,土佐藩が尊攘のために出動すると宮川助五郎らと50人組を組織して活躍。1863年(文久3)8月18日の政変後脱藩して長州に走り,1864年(元治1),禁門の変には長州藩兵とともに戦ったが負傷して長州に退き,下関での四カ国連合艦隊の防戦に参加する。武力討幕を持論とし『時勢論』を書く。以後坂本龍馬とともに薩長連合を画策し尊攘派の公卿に近づいた。1866年(慶応2),薩長同盟締結後,京都において陸援隊を組織し土佐藩論を討幕に転回させようとした。薩土密約が結ばれ土佐藩が討幕への道をすすもうとした直前,1867年11月15日,京都河原町三条の近江屋で坂本龍馬とともに刺客に斬られ,翌々日11月17日没す。

〔参考文献〕平尾道雄『中岡慎太郎』1966,白竜社

平尾道雄『陸援隊始末記』1977,中央公論社