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●中江兆民 なかえちょうみん

アジア 日本 AD1847 江戸時代

 1847〜1901(弘化4〜明治34)明治の民権思想家・政治家。幼名を竹馬,名を篤介。別号を秋水など。土佐藩出身。長崎・江戸でフランス語などを学んだのち,1871年(明治4)フランスへ留学した。1874年に帰国し,私塾仏蘭西学舎を開いた。1881年に西園寺公望とともに「東洋自由新聞」を創刊。主筆として,専制政府の攻撃と,民権思想の普及に筆を振るった。翌年,ルソー『社会契約論』の漢訳・解説版『民約訳解』を刊行し,人民主権説を紹介して,「東洋のルソー」ともいわれた。1887年,『三酔人経綸問答』を出版。同年末,保安条例により東京を追放される。大阪に移り翌年,「東雲新聞(しののめしんぶん)」を発刊して「新民世界」などを発表した。1889年第1回衆議院議員に当選したが,自由党などが堕落したと憤慨,翌年辞任した。その後北海道の「北門新報」主筆などをへて,1998年国民党を結成,1900年,国民同盟会へ参加と国家主義的傾向をみせた。翌年,ガンのため死期の近いことを知らされ『一年有半』,『統一年有半』を書いた。

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