●内大臣 ないだいじん
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左・右大臣の次に置かれ,ともに太政官の政務を統轄した官職。両大臣が欠席した場合は,それらに代わって諸事を主宰した。和訓は「うちのおとど」「うちのおおおみ」,唐名は内府,内丞相など。669年(天智8),藤原鎌足を任じたときの内大臣は最高の官職であったろうが,大宝・養老令には置かず,777年(宝亀8),藤原良継を任じたときは左・右大臣の下で臨時のもの。摂関時代に入ると常置となり,1868年1月(慶応3年12月)までつづいた。1885年(明治18),同名の旧官とは無関係に,宮中に内大臣が設けられ,天皇の常侍輔弼(ほひつ)の機関とされた。天皇の御璽(ぎょじ)・国璽を管理し,天皇の側近にあって皇室事務,国務について意見を具申した。初代は三条実美。大正時代には桂太郎,大山巌らの元老が歴任した。内大臣は総理大臣の任免にあたって副署したが,1939年(昭和14)からは,元老に代わって首相推薦の重責を負った。1945年11月に廃止。