50音順    検 索

●内河航行権 ないがこうこうけん

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国の内地水路における外国船舶の航行権。1842年の南京条約は上海など5港の開港を決めたが,内地水路については開港場から10〜20kmの航行権を認めたにとどまる。1858年の天津条約ははじめて揚子江開放条項を含み,1876年芝罘条約では漢口−宜昌間が,1895年,下関条約では宜昌−重慶間が外国船舶に開放される。揚子江以外では1858年,愛琿条約により松花江が,1860年,北京条約の天津開港に伴い白河が開放された。これらには開港場間の航行権に関する規定はなかったが,1875年,太古洋行資本のイギリス籍中国航業公司が揚子江航路を開設し,1898年には総税務司ハートの起草にかかる「中国内港行輪章程」が清朝より公布され開港場間も開放される。第一次世界大戦前,中国の内地水路航行権を片務的に有する国は18にのぼったが,戦後はドイツ,オーストリア,ロシアなどの航行権が返還される。しかし日本,イギリスは返還しないまま15年戦争にいたる。

〔参考文献〕太平善梧『支那の航行権問題』1943,有斐閣