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●トロブリアンド諸島 トロブリアンドしょとう

大洋州 パプアニューギニア AD 

 パプア=ニューギニアのミルン=ベイ州に属し,デントレカストー諸島の北方,ソロモン海に位置する。4つの主要島(キリウィナ・カイレウナ・キタヴァ・ヴァクタ)と,小さな数島からなっている。キリウィナ島が最大で,行政中心地ロスィアの所在地である。西洋人として初めて望見したのは,行方不明となったラペローズの探検隊の捜索に失敗したフランスのデントレカストー探検隊であった。デントレカストー提督は,南方に位置する大きな諸島に自分の名をつけ,北方の小さな島々に,部下のデニス=ド=トロブリアンドの名を付した。19世紀には,真珠やナマコを求めて西洋人の商人がやってくるようになり,さらには宣教師も入ってきた。しかし,この島々の名を欧米にひろめたのは,第一次世界大戦中にここで研究したポーランドの人類学者マリノフスキーで,その著“The Sexual Life of Savages”や“Coral Gardens and their Magic”によって知られるようになった。太平洋戦争中は,アメリカ・オーストラリア両軍がここに基地をつくり,約1万人が駐留し,ニューギニア方面の日本軍を撃滅するための重要拠点となった。戦時に建設された道路が現在でも使われている。トロブリアント諸島民は,ポリネシア系とメラネシア系の混血だが,ポリネシア系の色合いが濃い。伝統的な衣装としては,男性は檳榔樹(びんろうじゅ)の萼片(がくへん)を乾かしたもので男根を覆い,女性はバナナの葉の繊維でつくった短い腰みのを着用する。トロブリアンド諸島民は彫刻が巧みで,ポートモレスビーやラエなどの都市の土産物店でも,トロブリアンド製の彫刻が売られている。彼らは焼畑でヤムイモを栽培することにもたけており,家屋の近くにヤムイモを貯蔵するヤム=ハウスをもっている。ヤムイモの収穫が終わると,トロブリアンド諸島民は,アウトリガー=カヌーに乗って,儀式的な恒例のクラ貿易(クラ交易とも)に出かける。彼らは優秀な航海民としても知られている。1960年代の調査により,主要4島には,いずれも巨石遺構の存在が確認されており,とくにキリウィナ島北東部のクワブワガ村のものは有名である。このような巨石文化のほか,かつては洞穴に遺骨を安置する風習があったことなどから,最近の人類学では,往古は明らかにポリネシア人が住んでいたと考えられている。トロブリアンド諸島のヤムイモ収穫の祭りには,奇妙なことにクリケットが取り入れられており,きわめて興味ある儀式となっている。1983年の人口は約1万7,000人。トロブリアンド諸島への航空路としては,ミルン=ベイ州の州都アロタウからキリウィナ島のロスィアまで飛ぶ便があり,またアロタウからは連絡船も出ている。ロスィアには客室30のキリウィアナ=ロッジがある。