●ドレイク
ヨーロッパ 英国 AD1545 チューダー朝
1545ごろ〜96 イギリスの航海家。私拿捕(だほ)船を率いてエリザベス1世の対スペイン戦略を助けた。[1]I期 スペイン領西インド進出の時期。奴隷貿易に従事して損害を受けたが(1567〜69),女王から特許をもらい1572年賠償要求と称して西インド植民市を攻撃,貴金属など多大の戦利品を得てプリマスに帰る。[2]II期 世界一周の時期。女王の援助により1577年大西洋から南米東岸・マジェラン海峡を回って西岸を北上,スペイン植民地を攻略,パナマ沖で巨額の財宝を奪って太平洋−喜望峰経由で1580年帰還。女王はフィリップ2世からの処刑要求を無視し,国民的英雄として彼にナイトの称号を与えた(1581)。プリマス市長となり1584年下院議員。[3]III期 対スペイン戦争に女王海軍副司令官として活躍した時期。まず西インドを攻略(1585〜86),ついで本国のカディスを襲い,待機する無敵艦隊に打撃を与えた(1587)。1588年ハワード司令官のもとで無敵艦隊をドーヴァー海峡に迎えうち,これを北に追った。1593年下院議員。1595年再び西インド遠征に出たが洋上で病死。