●ドルゴン Dorgon 多爾袞
AD1612
1612〜50 清初の皇族。太祖ヌルハチの第14子。ヌルハチは生涯4人の正妃をもったが,ドルゴンの生母は4人目の正妃ウラ=ナラ氏であり,本名をアバハイといった。ドルゴンは1628年(天聡2)太宗に従い蒙古のチャハルをうち,功があり,メルゲン=ダイチン(賢明な戦士)の号を賜わった。1635年(天聡9)チャハルのリンダン=ハンの長子のエジェイを降伏させ,内モンゴルを清朝の前身である後金国の支配下に入れた。この際,ドルゴンはリンダン=ハンが所蔵していた元朝の伝国の玉爾を獲得し,太宗に献上した。このことがきっかけとなり,翌1636年(崇徳1)国号が大清と改められた。1643年(崇徳8)太宗が死亡し,幼少のフリン(福臨)が即位し世祖―順治帝となると,ドルゴンは摂政となった。1644年(崇禎17)李自成が北京に入城し,明を滅ぼすと,山海関の守将呉三桂の要請に応じ,清軍とともに入関し,李自成を北京から追い払い,瀋陽から北京に都を移した。そして清朝が明朝を継承していることを示すために,明朝最後の皇帝毅宗を弔い,民衆の動揺を抑えるために減税・特赦を行い,清朝の中国支配の基礎を確立した。その功績が大きかったので,1648年(順治5)皇父摂政王と称されるようになったが,1650年(順治7)カラホトンにて没した。