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●ドル外交 ドルがいこう

北アメリカ アメリカ合衆国 AD 

 直接武力を使わず,自国の商業的・財政的利益を促進するため,アメリカ合衆国政府がとった外交政策。広義では,海外投資・借款供与などを手段とするアメリカの国家権益拡張政策を意味するが,狭義では,タフト大統領(在任1969〜13)が前任者セオドア=ルーズヴェルト大統領のとった武力外交を修正するため,ラテン=アメリカおよび中国に対してとった外交政策をさす。国務長官ノックスは,大会社の顧問弁護士としての経歴をもち,商業的外交政策の推進を企て,国務省の組織をこのために改組し,タフトも積極的にこれを支持した。ドル外交はそれまでアメリカの実業界があまり関心を示さなかった中国地方面に対して推進された。タフトとノックスとはモルガンをはじめ銀行界に積極的に呼びかけ,中国への鉄道投資をすすめ,南満州鉄道の買収交渉を援助した。この方策は,中国北部に重大な利害関係をもつ日本・ロシアをはじめ列国の抵抗にあい成功しなかった。しかしラテン=アメリカヘのドル外交は,パナマ運河の開通予定と関連して行われたので,世論の支持をうけ,相当の成功を収めた。とくにニカラグアに対しては,典型的なドル外交が発揮された。ニカラグアパナマ運河に対する重要地域で,1909年ここに国家主義者の革命がおこると,ノックスは外国の干渉を排除し,税関を革命派から守るために,武力援助の方法も使って,同国の経済安定・税関の接収を行った。これはほかのラテン=アメリカ諸国からも,アメリカの経済帝国主義として強く批判された。ドル外交は次のウィルソン大統領によって,一部の資本家を利するものとして非難され,露骨な政策は影をひそめたが,カリブ海諸国に対しては,パナマ運河への関心から持続された。ドル外交はさまざまな形を変えて現在にまで継続しているということができる。