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●採り物 とりもの

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 神楽(かぐら)などの神事舞踊の際,舞人が手に持つ物。取物・執物ともいう。古くは平安朝時代の『御神楽次第』や『古今和歌集』にその名称がみえはじめる。しかし,舞踊者が呪物(じゅぶつ)を手にして舞を舞うことは,ウズメノミトコが神がかりに際して,天(あめ)の岩戸で笹葉を手草に結ったとか,鉾(ほこ)を突き鳴らしたなどの文章も残っているために古来から行われていたのではないかと推測できる。

 神事舞踊においてふつう用いられていた採り物として,榊(さかき)・幣(みぐてら)・杖・篠(ささ)・弓・剱・鉾・杓(ひさご)・葛(かずら)の9種類の名が残っている。

 採り物の有する性格としては,[1]榊・笹・杓・葛のように手に持ち舞うことで物忌(ものい)み的な意味合いをもつもの[2]幣・杖・弓・剱・鉾というように,手に持ち振り回すことで鎮魂の意味,あるいは神宝的意味をもつものの二つの特性がある。採り物を手にすることで持った人間が神的状態になるということは,沖縄県の宮古島において,巫女(みこ)がタグサといってクロキやズシバラといった木の小枝を手に持ち,神事に奉仕するという実例がある。そして巫女はこれらの小枝を手に持ったとき,一般の人々とは口をきかないとされており,このことは,小枝を手にすることで巫女が神人になるということを意味するものであり,採り物を手にすることでその人間が神的意味合いを有するということを証拠立てているともいえる。

 しかし,手に持ち振り回すことで物忌みを表す植物類は,手に持つことで神的意味合いを有するという採り物とは本来は別のものであり,しだいに二つが混同され,同一の機能をもつようになったものだとする説もある。

 採り物は,舞人である人長(にんじょう)が舞を舞う際に手にとったものと考えられているが,具体的な姿は,“其駒(そのこま)”の歌に合わせて舞うときに,榊の枝を手にするとか,“韓神”に枯荻(おぎ)を持って舞うというぐらいの例証があるぐらいで,ほかの採り物はどのように扱われていたのかは明確ではない。

 神楽においてとくに重要なものとしては,“榊”をあげることができる。

 神楽において榊は,『楽家録』においては鏡の象徴であると記されている白い輪をつけ,舞人がそれを手にして舞を舞う。これは,“とびかけ”“釣招(つりざお)”と呼ばれており,神楽に出る精霊役に対する猿回しのむちのような意味を有しているといわれている。

 採り物を手にし,舞を舞うときに歌われる歌は“採り物歌”といわれている。

 榊を歌った採り物歌では〈榊葉の香かぐはしみ求(と)め来れば八十氏人(やそじびと)ぞまとゐせりける〉というように氏神祭の団らんを歌った本歌や,末歌の御社の繁栄を祝った〈神垣のみむろの山の榊葉は神の御前に茂りあひにけり〉といったものがある。

 また採り物の歌のなかには,〈この杖は何処(いずこ)の杖ぞ天に座す豊岡姫の宮の杖なり〉というように,採り物が神聖なところから出たものだと採り物自身を歌ったものもある。しかし採り物は,神事的な内容の歌ばかりではなく,恋愛歌などにもその名にちなんで適宜に使われているのをみることができる。

 近代発達した神事舞踊においても,神楽や獅子舞のほかにも採り物が用いられている例をみることができる。

 能や歌舞伎においても,採り物を持つことで,持った人間が神人化するということをもとにして,笹竹を採り物として手にとることで,狂乱の状態や,異常心理などを表現しているのをみることができる。とくに現在でも榊を持つ舞は多く存在し,払い清めたりする呪術的な所作のための道具として使われたり,また弓や矢,鉾など悪霊退散の呪物として使われたりしている。また,採り物の種類により,それが何の神を示しているかを表す場合もある。