●トリエステ
ヨーロッパ イタリア共和国 AD
北イタリアのヴェネツィア=ジューリア州の中心都市。人口26万291人(1979)。司教座と大学があるアドリア海の主要港。サン=ジュストの丘にローマ植民地が建設され,テルジェステと呼ばれた。のちにゴート・ビザンティン・ロンバルドに支配さる。6世紀に司教座設置。1060年コムーネ組織が出現するが,司教伯の存在がその発展を遅らせ,1202年にはヴェネツィアに支配され,忠誠義務を負う代わりにトリエステは十分な自治を組織する自由を得た。ヴェネッイアへの反抗を繰り返しながら結局1382年ハプスブルクの支配下に入る。一時(1518〜22)スペイン支配に陥るが,以後オーストリア支配下でドナウ川流域地方の海港として大発展する。1719年自由港を宣言し,18世紀末にスラブ人が連続して流入。19世紀初頭フランス軍が占拠。このころからイタリア・フランスの統治を望むものとオーストリアの統治を望むものとの党派争いが激化する。イタリア領土回復運動の焦点となり,1918年にイタリアに併合さる。また第二次世界大戦後にはユーゴスラヴィアのチトーがトリエステの一部を要求し,争いがつづいたが,1954年合意が成立し,A地区がイタリアに,B地区がユーゴスラヴィアに帰属した。