●ドーリア式 ドーリアしき
ヨーロッパ ギリシャ共和国 AD
古代ギリシア建築の石柱の形式(柱式)のうち最古のものをいう。イオニア式およびコリント式と区別される。ギリシア建築は,柱が最も目立つ重要な要素になっているので,その形式の区別が重要な意味をもつ。柱式の区別について,現在の古代文献としては,前1世紀後半ローマの建築家ウィトルウィウスの『建築書』に詳細な説明がある。【柱式(Order)】“ドーリア式”の柱は,高さに比して太く(高さは直径の7倍),下に台座(柱礎)を欠き,直接に基壇の上に立つ。柱頭は饅頭形の「刳型(くりがた)」と,その上に置かれた正方形の冠板とから成る。柱の本体(柱身)の表面には垂直の条溝(ふつう20本)が掘られている。ドーリア式の神殿では,この形式の柱を正面に6本ほど,側面に13本ほど(角の柱は2度数えて)並べ,その列柱の上に,まず柱上帯の石材を並べ,その上にさらに帯状のフリーズを横たえる。フリーズでは,小さい四角形の壁面と3本の溝のある突起石とが交互に繰り返し並べられている。“イオニア式”の柱は,柱頭の左右に垂れ下がる渦巻形の装飾が最も顕著な特徴である。柱身はドーリア式よりも細く(高さは直径の9倍),条溝はふつう24本。下部には柱礎(台座)がある。柱上のフリーズは,壁面と突起石とに区画されず,帯状に連続している。ドーリア式が素朴で重厚・男性的であるのに対して,イオニア式は流麗で,女性的。“コリント式”は,イオニア式の柱頭の渦巻き形の装飾に代えて,柱頭の周囲に多数の葉の型を上下3段に彫刻している点が特徴。そのほかの点はイオニア式と同様であるが,全体としてさらに華麗な感じになっている。
【起源と分布】ドーリア式は前7世紀に成立し,前5世紀末ごろまでには,ギリシア世界の大半の地域で支配的であった。現存する最古の有名な例は,オリンピアのヘラ女神殿(前7後半)。そのほか,ドーリス人の主として分布していたペロポンネソス各地・シチリア島・南イタリアなどにドーリア式の神殿が多かった。ドーリア式が純ギリシア的であるのに対して,イオニア式は前6世紀イオニアで,オリエント風の影響下にドーリア式に改変を加えて成立したもの。アテナイでこれが最初に用いられたのは,かなり遅れて,前5世紀中ごろからである。有名なパルテノンは,内部にイオニア式を採用したものの,外部の重要な列柱はドーリア式であった。コリント式は前5世紀末に発生し,とくにヘレニズム時代やローマ時代に繁栄した各地の大都市で盛んに用いられた。この過度に洗練された様式は,ギリシア美術としては,末期的なものとみなされる。
【美術の様式】これらの柱式,とりわけドーリア式とイオニア式とは,建築ばかりでなく,彫刻などをも含めて,ギリシア美術の二大様式の区別としても用いられる。そして,最も重要なアテナイの美術は,前者の重厚さと後者の優美さとを結びつけるのに成功しているので,中間・中庸の様式として,アッティカ式と呼ばれる。