50音順    検 索

●トラキア人 トラキアじん

AD 

 エーゲ海北岸トラキア地方の住民。もともと彼らの定住域は黒海からアドリア海までひろがっていたが,前3000年ごろにイリュリア人のために東に追われて,エーゲ海北岸一帯に定住するようになった。トラキア人はインド=ヨーロッパ語族に属する同一の言語を用いていたが,政治的にはまとまりがなく,約20の独立した対立する部族に分かれていた。そのうちでも,イストロス(現ドナウ)河のゲタイ人・ハイモス山(現バルカン山脈)のペソイ族・ヘブロス(現マリツア)河のオドリュサイ人が支配的であった。各部族は緩やかな王政のもとに,戦争と狩猟に従事する貴族,農業・林業・牧畜に従事する平民からなっていた。彼らの信仰するディオニソス(バッカス)の狂騒・人身御供・刺青の風習のために,ギリシア人は彼らを蛮族として扱ったが,彼らの独自の武具,すなわち小盾で武装した軽装兵は,前4世紀にギリシアの伝統的な重装歩兵に対して決定的な打撃を与えた。トラキアのバンガイオン金山は豊富な金を産出して,ギリシア人やマケドニア人の富の源泉となり,ペイシストラトスフィリッポス2世の力を支えた。ペルシアへの服従の後,オドリュサイ人のテレスやシタクレスのもとに統合したが,前400年ごろに再び離散した。前342年に南の部族がフィリッポス2世に服従し,彼らがアレクサンドロス大王の軍隊の軽装兵となった。36年には,トラキア南部と中部はローマの属州になり,北部はモエシアに併合された。